海老名佐智子ですが旧姓は国分です。結婚する前は本名で芸能活動していたのですね!
身長などは少し古い情報なので、こちらはご参考です!
所属事務所のねぎし事務所は、初代林家三平一門の落語家などのマネジメントを行う事務所で、旦那の林家三平さんが所属されていることもあり、国分佐智子さんも所属されているのだと思われます。
オフィシャルブログもありますが、残念ながら2013年を最後に更新がありません。。
他にSNSなどもやっていないようですね。
国分佐智子の若い頃や昔がすごい!これまでの経歴
今日は若作りですよ!
子供の頃に見た『ビーロボカブタック』の時の国分佐智子先生めっちゃきれいでした🥰 pic.twitter.com/3qGCNpA3iA— Yang (@endjelia) March 29, 2024
芸能界入りしたのは1994年で、「CanCan」にスカウトされた18歳のときです。
当初はグラビア活動をメインにしていました。
国分佐智子さんは、1997年にアイドルグループ「ベイキャニオンズ」としてCDデビューします。
きっかけは深夜のバラエティー番組の「dai ba:ba」でグラビアアイドル8人で結成したグループのメンバーになったことでした。
当時はかわいすぎるとかなりの評判だったようで、人気のグループだったんです!
1998年には深夜番組の「ワンダフル」で、アシスタントとしてレギュラー出演が決まります。個人の活動ではなく、タレントグループ「ワンダフルガールズ」の1期生でした。
通称ワンギャルとして活動していましたが、番組改編に伴い年内に脱退したそうです。
2000年からは「ナースのお仕事3」で、テレビや映画に出るなど女優として活動していました。
2011年に結婚したのを機に、女優よりも育児を優先していたようですね。
国分佐智子の高校や大学など学歴は?
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国分佐智子さんは帰国後、大阪府堺市で中学・高校時代を過ごしました。
出身校は私立のプール学院中学校・高等学校ですが、お嬢様学校といわれていたところです。
中学・高校時代の6年間は英語劇研究会に籍を置き、舞台に出演もしていたそう!
高校卒業までは普通の高校生として過ごし、まだ芸能活動はしていませんでした。
大学は恵泉女学園短期大学英文科に進学しましたが、そのときに東京に上京したようです。
国分佐智子さんの母校である同校は、現在は廃校になっています。
芸能活動を始める前は、帰国子女でもあり英語を得意としていたので、英語教師を目指していたそうです。
英語もできる女優とのことで、もしかしたらハリウッド進出などもあったかもしれませんね(笑)
国分佐智子と林家三平との馴れ初めは?
国分佐智子(本名海老名佐智子)さんHappy!Birthday🎈🎉🎊🎂
今は噺家2️⃣代目林家三平の奥様
出会いのきっかけが水戸黄門の共演
今やおしどり夫婦に#asa933 pic.twitter.com/A5TC8BshIT— Blue Devil Rabbitter(ブルーデビルラビッタ-)@TrindadeΨ( ̄∇ ̄)Ψ (@rabi_trisapo) December 5, 2023
国分佐智子さんが林家三平さんと結婚したのは2011年、交際期間が2ヶ月だったのでスピード婚として話題になりました!
二人の出会いは、時代劇で有名な番組の「水戸黄門」での共演で2010年です。
国分佐智子さんは帰国子女で英語が得意でしたが、実は林家三平さんも英語が得意だったそうで、二人は意気投合しました。
林家三平さんは、初めから結婚を前提に国分佐智子さんに猛アプローチしたそうです。
さすがに国分佐智子さんは戸惑ったようですが、次第に林家三平さんの誠実な性格に惹かれていく自分の変化に気付いて、プロポーズを受けたのだとか。
噺家に嫁ぐ、それも誰もが知る「林家」となれば、プレッシャーも正直あったのではないでしょうか。
実際に、結婚してからなかなか子宝に恵まれなかったので、2016年に一人息子の柊乃助(しゅうのすけ)くんが産まれるまで、義母の海老名香葉子さんからのプレッシャーは大変大きかったといいます。
それをに乗り越え、きっと今は幸せに暮らしているのでしょうね。
まとめ
国分佐智子さんは、デビュー当時はグラビアやアイドルグループのメンバーとして活動していました。
その後は女優としてドラマや映画に出演していましたが、結婚を機に今は育児や家庭を優先しているようですね。
学歴も帰国子女で、お嬢様学校を卒業していたことがわかりました。
二人の出会いは時代劇の共演でしたが、きっかけは英語というエピソードも意外でしたね!
これからメディアに出ることはあまりないかもしれませんが、ぜひ育児のエピソードなどももっとききたいですね!
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